かった。埴生は江戸の目医者の子である。色が白い。目がぱっちりしていて、唇は朱を点じたようである。体はしなやかである。僕は色が黒くて、体が武骨で、その上田舎育である。それであるのに、意外にも硬派は埴生を附け廻さずに、僕を附け廻す。僕の想像では、埴生は生れながらの軟派であるので免れるのだと思っていたのである。
 学校に這入《はい》ったのは一月である。寄宿舎では二階の部屋を割り当てられた。同室は鰐口弦《わにぐちゆずる》という男である。この男は晩学の方であって、級中で最年長者の一人であった。白|菊石《あばた》の顔が長くて、前にしゃくれた腮《あご》が尖《とが》っている。痩《や》せていて背が高い。若《も》しこの男が硬派であったら、僕は到底免れないのであったかと思う。
 幸に鰐口は硬派ではなかった。どちらかと云えば軟派で、女色の事は何でも心得ているらしい。さればとて普通の軟派でもない。軟派の連中は女に好かれようとする。鰐口は固《もと》より好かれようとしたとて好かれもすまいが、女を土苴《つちづと》の如くに視ている。女は彼の為に、只性欲に満足を与える器械に過ぎない。彼は機会のある毎にその欲を遂げる。そし
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