者で、そして境遇上の弱者であった。
 性欲的に観察して見ると、その頃の生徒仲間には軟派と硬派とがあった。軟派は例の可笑《おか》しな画を看《み》る連中である。その頃の貸本屋は本を竪《たて》に高く積み上げて、笈《おいずる》のようにして背負って歩いた。その荷の土台になっている処が箱であって抽斗《ひきだし》が附いている。この抽斗が例の可笑しな画を入れて置く処に極まっていた。中には貸本屋に借る外に、蔵書としてそういう絵の本を持っている人もあった。硬派は可笑しな画なんぞは見ない。平田三五郎という少年の事を書いた写本があって、それを引張り合って読むのである。鹿児島の塾なんぞでは、これが毎年元旦に第一に読む本になっているということである。三五郎という前髪と、その兄分の鉢鬢奴《ばちびんやっこ》との間の恋の歴史であって、嫉妬《しっと》がある。鞘当《さやあて》がある。末段には二人が相踵《あいつ》いで戦死することになっていたかと思う。これにも挿画《さしえ》があるが、左程見苦しい処はかいてないのである。
 軟派は数に於いては優勢であった。何故というに、硬派は九州人を中心としている。その頃の予備門には鹿児島の人は
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