「お上さん。これを騙《だま》されて買って行く奴がまだありますか。はははは」
「それでもちょいちょい売れますよ。一向つまらない事が書いてあるのでございますが。おほほほ」
「どうでしょう。本当のを売ってくれませんかね」
「御笑談《ごじょうだん》を仰ゃいます。なかなか当節は警察がやかましゅうございまして」
 帯封の本には、表紙に女の顔が書いてあって、その上に「笑い本」と大字で書いてある。これはその頃絵草紙屋にあっただまし物である。中には一口噺《ひとくちばなし》か何かを書いて、わざと秘密らしく帯封をして、かの可笑しな画を欲しがるものに売るのである。
 僕は子供ではあったが、問答の意味をおおよそ解した。しかしその問答の意味よりは、※[#「※」は「さんずいに日に工」、24−14]麻の自在に東京詞を使うのが、僕の注意を引いた。そして※[#「※」は「さんずいに日に工」、24−15]麻は何故これ程東京詞が使えるのに、お屋敷では国詞を使うだろうかということを考えて見た。国もの同志で国詞を使うのは、固《もと》より当然である。しかし※[#「※」は「さんずいに日に工」、24−17]麻が二枚の舌を使うのは、その
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