二人と見える。
「あんたあゆうべ愛宕《あたご》の山へ行きんさったろうがの」
「※[#「※」は「ごんべんに虚」、21−11]《うそ》を言いんさんな」
「いいや。何でも行きんさったちゅう事じゃ」
 こういうような問答をしていると、今一人の男が側から口を出した。
「あそこにゃあ、朝行って見ると、いろいろな物が落ちておるげな」
 跡は笑声になった。僕は穢《きたな》い物に障《さわ》ったような心持がして、踊を見るのを止《や》めて、内へ帰った。

      *

 十一になった。
 お父様が東京へ連れて出て下すった。お母様は跡に残ってお出《いで》なすった。いつも手伝に来る婆あさんが越して来て、一しょにいるのである。少し立てば、跡から行くということであった。多分家屋敷が売れるまで残ってお出なすったのであろう。
 旧藩の殿様のお邸が向島《むこうじま》にある。お父様はそこのお長屋のあいているのにはいって、婆あさんを一人雇って、御飯を焚《た》かせて暮らしてお出になる。
 お父様は毎日出て、晩になってお帰になる。僕の行く学校をも捜して下さるということであった。お父様がお出掛になると、二十《はたち》ばかりの上
前へ 次へ
全130ページ中25ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
森 鴎外 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング