丁ばかり先は町である。そこに屋台が掛かっていて、夕方になると、踊の囃子《はやし》をするのが内へ聞える。
 踊を見に往《い》っても好いかと、お母様に聞くと、早く戻るなら、往っても好いということであった。そこで草履を穿《は》いて駈け出した。
 これまでも度々見に往ったことがある。もっと小さい時にはお母様が連れて行って見せて下すった。踊るものは、表向は町のものばかりというのであるが、皆|頭巾《ずきん》で顔を隠して踊るのであるから、侍《さぶらい》の子が沢山踊りに行く。中には男で女装したのもある。女で男装したのもある。頭巾を着ないものは百眼《ひゃくまなこ》というものを掛けている。西洋でする Carneval は一月で、季節は違うが、人間は自然に同じような事を工夫し出すものである。西洋にも、収穫の時の踊は別にあるが、その方には仮面を被《かぶ》ることはないようである。
 大勢が輪になって踊る。覆面をして踊りに来て、立って見ているものもある。見ていて、気に入った踊手のいる処へ、いつでも割り込むことが出来るのである。
 僕は踊を見ているうちに、覆面の連中の話をするのがふいと耳に入った。識《し》りあいの男
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