いと殊勝《しゅしょう》に見ゆる節《ふし》もありしが、この男はおなじ郷《さと》の人をも夷《えびす》の如くいいなして嘲《あざけ》るぞかたはら痛《いた》き。少女の挽物細工《ひきものさいく》など籠《かご》に入れて売《う》りに来るあり。このお辰まだ十二三なれば、われに百円づつみ抛出《なげだ》さする憂《うれい》もなからん。
 二十二日。雨。目の前なる山の頂《いただき》白雲につつまれたり。炉《ろ》に居寄《いよ》りてふみ読みなどす。東京の新聞《しんぶん》やあると求《もと》むるに、二日前の朝野新聞と東京公論とありき。ここにも小説《しょうせつ》は家ごとに読《よ》めり。借《か》りてみるに南翠外史の作、涙香小史の翻訳《ほんやく》などなり。
 二十三日、家《いえ》のあるじに伴《ともな》われて、牛の牢という渓間《たにま》にゆく。げに此《この》流《ながれ》には魚《うお》栖《す》まずというもことわりなり。水の触《ふ》るる所、砂石《しゃせき》皆赤く、苔《こけ》などは少しも生ぜず。牛の牢という名は、めぐりの石壁《いしかべ》削《けず》りたるようにて、昇降《のぼりくだり》いと難《かた》ければなり。ここに来るには、横《よこ》に
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