た下島の仲間《ちゆうげん》が立ち塞がつた。「退け」と叫んだ伊織の横に拂つた刀に仲間は腕を切られて後へ引いた。
其隙に下島との間に距離が生じたので、伊織が一飛に追ひ縋らうとした時、跡から附いて來た柳原小兵衞が「逃げるなら逃がせい」と云ひつつ、背後からしつかり抱き締めた。相手が死なずに濟んだなら、伊織の罪が輕減せられるだらうと思つたからである。
伊織は刀を柳原にわたして、しを/\と座に返つた。そして默つて俯向いた。
柳原は伊織の向ひにすわつて云つた。「今晩の事は己を始、一同が見てゐた。いかにも勘辨出來ぬと云へばそれまでだ。しかし先へ刀を拔いた所存を、一應聞いて置きたい」と云つた。
伊織は目に涙を浮べて暫く答へずにゐたが、口を開いて一首の歌を誦した。
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「いまさらに何とか云はむ黒髮の
みだれ心はもとすゑもなし」
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下島は額の創が存外重くて、二三日立つて死んだ。伊織は江戸へ護送せられて取調を受けた。判決は「心得違の廉《かど》を以て、知行召放《ちぎやうめしはな》され、有馬左兵衞佐允純《
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