》つあんなどはどうだらうといへば、兼吉は寂《さび》しくほほと笑ひ、あんまり未練がなさ過ぎるか知れませねど、腹にあるだけ言つてしまひたいのは私の癖《くせ》、中屋とまでいはれては黙つてはゐられませぬ、松つあんならぬ弟の清《せい》さん、浮気らしいがあの人なら一日でも遊んで見たいと兼て思つてをりました、なるほどさうありさうな事ではあれど、弟の方にはしかもお前の友達の小花《こはな》といふ色があるではないか、頼まれもせぬにおれから言ひ出し、今更ら理窟をいふではなけれど、噂《うわさ》に聞けば小花と清二《せいじ》とは、商売用で荻江《おぎえ》の内へ往き始めし比《ころ》、いつとなく出来た仲だとやら、その上《うえ》松《まっ》つあんよりは捌《さば》けてゐるやうでも、あの生真面目《きまじめ》さ加減では覚束《おぼつか》ない、どうやら常談《じょうだん》らしくもないお前の返詞《へんじ》がおれの腹に落ち兼ねる、お前は本当に清さんを呼ばせる気か、はい本当に呼んでおもらひ申す気でございます、小花さんに済まぬとは私にも熟《よ》く分つてをれど、清さんならと思ふも疾《と》うからなれば、さうなる日には小花さんにはかうと思ひ定めてゐ
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