帰りと心強くいなせしに、一座では口もろくに利《き》かぬあの喰《くわ》せもののお徳《とく》め、途《みち》で待ち受けて連《つ》れ往《ゆ》きしを今朝聞いた悔《く》やしさ、親方の意気地《いくじ》なしは今始まつたではなけれど、私の気にもなつて見て下され、未練ではござりませぬ、唯《た》だ業《ごう》が沸《に》えてなりませぬ、親方の帰つた迹《あと》ではいつもの柳連《やなぎれん》の二人が来てゐたこととて、附景気《つけげいき》で面白さうに騒がれるだけ騒ぎ、毒と知りながら、麦酒《ビール》に酒|雑《ま》ぜてのぐい喫《のみ》、いまだに頭痛がしてなりませぬとの事なり、兼吉がこの話の内、半熟の卵に焼塩添へて女の持ち運びし杯盤《はいばん》は、幾らか気色を直し肝癪《かんしゃく》を和《やわら》ぐる媒《なかだち》となり、失せた血色の目の縁《ふち》に上《のぼ》る頃、お万が客は口軽く、未練がないとはさすがは兼吉つあんだ、好く言つた、相手が相手ゆゑお前に実《じつ》がないとこの三谷が誰にも言はせぬ、さういふ時の第一の薬は何でもしたい事をして遊ぶに限る、あれならといふ人はないか、おれには差当り心当はなけれど、中屋《なかや》の松《まっ
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