は真《まこと》か、清さんに限つてはと思ふはやはり私の慾目、先刻お仕舞してゐるとき二階の笑声を何事ぞと問ひしに、お浅さんの立ちながらいはれしは、一足先に兼吉さんが来て、内の文子と遊びに来てゐた梅子とを二階へ連《つれ》て行き、踊を浚《さら》つて遣るとの事とか、私に対して昨日から何事もないかのやうに、その気の軽さがいよいよ憎い、下りて来たならどう言はうか、先《さき》からはまたどう言ふつもりか、所詮|内気《うちき》なこの身には過ぎた相手ととつおいつ、思案もまだ極まらぬ時、ばたばたと梯《はしご》降り来し梅子文子は息を切らせて、小花ねえさんに梅子さんの甚五郎《じんごろう》が見せたくつてよ、いいえ文子さんこそ人形のくせに笑つてばかしゐましたといふ後より兼吉も下りて、本当に今日の暑い事ねえと何気なけれど、さうねえといつたきり俯向《うつむ》いて済まぬ顔、文子は急に思ひ出して、さうさう先刻からラムネが冷やしてあつてよ、兼吉ねえさんに上げようやと、何心なく持つて来たるサイフォンの瓶《びん》にコップ三つ四つ、先づ兼吉に注《つ》いで出すを、小花|側《そば》よりぢつと見て、ねえさんラムネが好《すき》ねと声震はせじ
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