子、上の字なんぞ附けてはお万ねえさんに悪いわねえとは、ちびの文子なかなかませたり、下から来た女に堀田原《ほったはら》の使はと問へばまだといふに、追《お》ひ駈《か》けてまた人を遣り、あの竪樋《たてどい》の音に負けぬやうにと、三谷が得意の一中《いっちゅう》始まりて、日の暮るるをも知らざりけり、そもそも堀田原の中屋《なかや》といつぱ、ここらには熟《よ》く知れ渡りたる競呉服《せりごふく》にて、今こそ帝国意匠会社などいふ仰山《ぎょうさん》なものも出来たれ、凝つた好《このみ》といへばこの中屋に極はまれり、二番息子の清二郎へ朝倉より雨を衝《つ》いての迎《むかえ》に、お客はと尋ねれば三谷さんに兼吉さんがお出《いで》とばかり好く分らず、呼びに遣りし車の来ぬ内再度の使|忙《せわ》しければ、ともかくも直《じ》きにと荻江まで附けさせ、お幾婆《いくばあ》さんに何であらうと相談すればここでもわからず、そんな噂はなかりしが兼吉さんが引《ひ》つ籠《こ》むので浴衣の誂《あつらえ》でもあるのか知らぬとのみ、家の娘お浅《あさ》の小花さんが待つてお出《いで》なれば帰にはお寄《より》でせうねといふを後《うしろ》に聞きて、朝倉に来《こ》しは点燈頃《ひともしごろ》なり、こちらは一中を二段まで聞かせられ、夕飯もそのまま済ました処、本人の兼吉のみか、待つ人の来ぬは心落着かぬもの、文子は畳の上に置いた団扇《うちわ》を団扇で打ち、下のが上のに着いて上がるを不思議なことででもあるやうに、厭《あ》きずに繰り返してをれば、梅子は枝豆の甘皮《あまかわ》を酸漿《ほおずき》のやうに拵《こしら》へ、口の所を指尖《ゆびさき》に撮《つま》み、額《ぬか》に当ててぱちぱちと鳴らしてゐる、そこへ下より清さんがお出《いで》ですとの知らせと共に、梯《はしご》を上り来る清二郎が拵は細上布《ほそじょうふ》の帷子《かたびら》、ひんなりとした男振《おとこぶり》にて綛《かすり》の藍《あい》に引つ立つて見ゆる色の白さ、先づ一杯と盃《さかずき》差したる三谷が、七分の酔を帯びたる顔に笑《わらい》を含み、御苦労を願つたは私の用といふでもなく、例の商用といふでもなし、ここにゐる兼吉さんから委細の話は直《じき》にあるはず、一口に申せば何でもない事、ただもう清さん恋しやほうやれほといふやうなわけと、何だか分りにくい言草《いいぐさ》に兼吉気の毒がり、一中も最《も》う沢山、
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