る。まあ、年増《としま》の美人のようなものだね。こんな日に※[#「鼬」の「由」に代えて「晏」、第3水準1−94−84]鼠《もぐらもち》のようになって、内に引っ込んで、本を読んでいるのは、世界は広いが、先ず君位なものだろう。それでも机の上に俯《ふ》さっていなかっただけを、僕は褒《ほ》めて置くね。」
 秀麿は真面目ではあるが、厭《いや》がりもしないらしい顔をして、盛んに饒舌《しゃべ》り立てている綾小路の様子を見ている。簡単に言えば、この男には餓鬼《がき》大将と云う表情がある。額際《ひたいぎわ》から顱頂《ろちょう》へ掛けて、少し長めに刈った髪を真っ直に背後《うしろ》へ向けて掻《か》き上げたのが、日本画にかく野猪《いのしし》の毛のように逆立っている。細い目のちょいと下がった目尻《めじり》に、嘲笑《ちょうしょう》的な微笑を湛えて、幅広く広げた口を囲むように、左右の頬に大きい括弧《かっこ》に似た、深い皺を寄せている。
 綾小路はまだ饒舌る。「そんなに僕の顔ばかし見給うな。心中大いに僕を軽侮しているのだろう。好いじゃないか。君がロアで、僕がブッフォンか。ドイツ語でホオフナルと云うのだ。陛下の倡優《
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