オょうゆう》を以《もっ》て遇する所か。」
 秀麿は覚えず噴き出した。「僕がそんな侮辱的な考をするものか。」
「そんなら頭からけんつくなんぞを食わせないが好い。」
「うん。僕が悪かった。」秀麿は葉巻の箱の蓋を開けて勧めながら、独語《ひとりごと》のようにつぶやいた。「僕は人の空想に毒を注《つ》ぎ込むように感じるものだから。」
「それがサンチマンタルなのだよ」と云いながら、綾小路は葉巻を取った。秀麿はマッチを摩《す》った。
「メルシイ」と云って綾小路が吸い附けた。
「暖かい所が好かろう」と云って、秀麿は椅子を一つ煖炉の前に押し遣った。
 綾小路は椅背《きはい》に手を掛けたが、すぐに据わらずに、あたりを見廻して、卓《テエブル》の上にゆうべから開けたままになっている、厚い、仮綴《かりとじ》の洋書に目を着けた。傍《かたわら》には幅の広い篦《へら》のような形をした、鼈甲《べっこう》の紙切小刀《かみきりこがたな》が置いてある。「又何か大きな物にかじり附いているね。」こう云って秀麿の顔を見ながら、腰を卸した。

     ――――――――――――――――

 綾小路は学習院を秀麿と同期で通過した男である
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