なんでも危ないといふやうな心持を無くしておしまひなさらなくてはいけません。わたくしの只今申したやうに、不思議な目に逢つた場所を、あなたが成るたけ好く一目にお見渡しなさることが出来るやうにと思ひまして、わたくしはこゝへあなたを御案内して参つたのでございます。あなたの現場を一目に見渡していらつしやる前で、わたくしはあなたに委《くは》しいお話を致さうと思つて、こゝへ御案内いたしたのでございます。」
この男は廻り遠い物の言ひやうをする男である。暫くしてこんな風に話し続けた。
「あなたとわたくしとは只今|諾威《ノルエイ》の国境《くにざかひ》にゐるのでございます。北緯六十八度でございます。県の名はノルドランドと申します。郡はロフオツデンと申しまして陰気な土地でございます。あなたとわたくしとの登つてゐる巓《いたゞき》はヘルセツゲンといふ山の巓でございます。雲隠山《くもがくれやま》といふ仇名が付いてゐます。ちよつと伸び上がつて御覧なさいまし。若し眩暈《めまひ》がなさいますやうなら、そこの草にしつかりつかまつて伸び上がつて御覧なさいまし。それで宜しうございます。この直《ぢ》き下の所には、帯のやうな靄が
前へ
次へ
全44ページ中4ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
森 鴎外 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング