に船の行くとき、それを波に『乗る』と申します。これまではわたくし共はその波に乗つて参りました。所が、忽ち背後《うしろ》から恐ろしい大きな波が来ました。船を持ち上げました。次第に高く/\持ち上げて、天までも持つて行かれるかと思ふやうでございました。波といふものが、こんなに高く立つことがあるといふことは、わたくし共も、そのときまで知らなかつたのでございます。さて登り詰めたかと思ふと、急に船が滑るやうな沈んで行くやうな運動を為始《しはじ》めました。丁度夢で高い山から落ちる時のやうに、わたくしは眩暈《めまひ》が致して胸が悪くなつて来ました。併し波の絶頂から下り掛かつた時に、わたくしはその辺の様子を一目に見渡すことが出来ました。一目に見たばかりではございますが、見るだけのことは十分見ました。一秒時間にわたくしは自分達の此時の境遇をすつかり見て取つたのでございます。モスコエストロオムの渦巻は大約四分の一哩ほど前に見えてゐました。その渦巻がいつも見るのとはまるで違つてゐて、言つて見れば、そのときの渦巻と今日の渦巻との比例は、今日の渦巻と水車の輪に水を引く為めに掘つた水溜との比例位なものでございます。
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