ひました。大きい分の檣には、一番末の弟が、用心の為めに、綱で自分の体を縛り付けてゐたのでございますが、その弟は檣と一しよに飛んで行つてしまひました。」
「わたくし共の乗つてゐた船は、凡《おほよそ》海に乗り出す船といふ船の中で、一番軽い船であつたのだらうと思ひます。併しその船にはデツクが一面に張つてありまして、只一箇所舳の所に落し戸のやうにした所があつたばかりでございます。その戸を、海峡を越すとき、例の『跳る波』に出食はすと、締めるやうに致してゐたのでございます。このデツクがあつたので、わたくし共の船は直ぐに沈むといふことだけを免かれたのでございます。なぜと申しまするのに、暫くの間は、船体がまるで水を潜つてゐましたから、デツクが張り詰めてなかつたら、沈まずにはゐられなかつたわけなのでございます。その時わたくしの兄が助かつたのは、どうして助かつたのだか、わたくしには分かりません。わたくし自身は、前柱の帆を解き放すと一しよに、ぴつたり腹這つて、足を舳の狭い走板《はしりいた》にしつかりふんばつて、手では前柱の根に打つてある鐶《くわん》を一しよう懸命に握つてゐました。かうやつたのは只本能の働きで
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