返つて見ますと、背後の方の空が、一面に赤銅のやうな色の雲で包まれてゐるのに気が付きました。その雲が非常な速度で蔓《はび》こつて来るのでございます。」
「それと同時に、さつき変だと思つた、向うから吹く風が、ぱつたり無くなつてしまひました。まるでちりつぱ一つ動かないやうな凪ぎになつてしまひました。わたくし共はなんといふ思案も付かずに、船を漕いでをりました。この時間は短いので、思案を定めるだけの余裕はなかつたのでございます。一分とは立たない内に、ひどい暴風《あらし》になりました。二分とは立たない内に、空は一面に雲に覆はれてしまひました。その雲と波頭のしぶきとで、船の中は真暗になつて、きやうだい三人が顔を見交すことも出来ないやうになつたのでございます。」
「暴風なんぞといふものを、詞で形容しようといふことは、所詮出来ますまい。なんでも諾威《ノルエイ》に今生きてゐるだけの漁師の内の、一番の年寄を連れて来て聞いて見ても、あの時のやうな暴風に逢つたものはないだらうと存じます。わたくし共は暴風の起つて来るとき、早速帆綱を解いてしまひました。併し初めの一吹の風で、二本の檣は鋸で引き切つたやうに折れてしま
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