頃、いつもの漁場の群島の間に着きまして、船一ぱい魚を取りました。きやうだい達もわたくしも、どうもこんなに魚の取れることは今まで一度もなかつたと、不思議に思つてゐました。それからわたくしの時計で丁度七時に、錨を上げて帰らうと致しました。わたくし共の計算では、海峡の一番悪い所を八時に通る筈でございました。八時が一番海の静なときだと予測してゐたのでございます。」
「丁度好い風を受けて船を出してから、暫くの間は都合好く漕いで参ることが出来ました。危険な事があらうなんぞとは、夢にも思はなかつたのでございます。そんな事のありさうな徴候は一つもなかつたのでございます。」
「突然、妙な風が、ヘルセツゲンの上を越して、吹き卸して参りました。そんな風が吹くといふことは、それまで永年の間一度もなかつたのでございます。そこで、なぜといふことなしに、わたくしは少し不安に思ひ出しましたのでございます。わたくし共は風に向つて、漕いでゐましたが、どうも此様子では渦巻の影響を受けてゐる処を漕ぎ抜けるわけには行かなからうといふやうな心持がいたしました。わたくしは跡へ引き返す相談をしようと思つて、ふいと背後《うしろ》を振り
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