てゐる十五分間を利用して、モスコエストロオムの海峡を、ずつと上の方で渡つてしまつて、オツテルホルムかサンドフレエゼンの近所の、波のひどくない所に行つて、錨を卸すのでございました。そこで海の又静になるのを待つて直ぐに錨を上げて、こちらへ帰つて参るのでございました。」
「併しこの往復を致しまするには、行くときも帰るときも、たしかに風が好いと見込んで致したのでございます。わたくし共の見込みは大抵外れたことはなかつたのでございます。六年ほどの間に一度ばかりは向うで錨を下ろしたまゝで一夜《ひとよ》を明して漁をしたことがございました。それはこの辺で珍らしい凪ぎに出逢つたからでございます。それかと思ふと、一度は大約一週間ばかり、厭でも向うに泊つてゐなくてはならなかつたこともございます。そのときは、も少しで餓死する所でございました。それは向うへ着くや否や暴風《あらし》になりまして、なんと思つても海峡を渡つてこちらへ帰ることが出来なかつたのでございます。その帰つたときも、随分危なうございました。渦巻の影響がひどいので、錨を卸して置くわけに行かなくなりまして、も少しでどんなに骨を折つても沖の方へ押し流され
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