る。このマルストロオムの渦巻も、又フエルロエ群島の間にある、これより小さい三つの渦巻も、次のやうな原因で出来るのだといふのである。
「此《かく》の如き旋渦《せんくわ》を生ずる所以《ゆゑん》は他《た》ならず。稜立《かどだ》ちたる巌壁の間に押し込まれたる水は、潮の漲落に際して屈折せられ、瀑布の如き勢ひをなして急下す。その波濤の相触るゝによりて、この渦巻は生ずるなり。潮は上ぼること愈々高ければ、その下だるや愈々深し。これ渦巻の漏斗状を成す所以なり。此の如き旋渦を成す水の、驚くべき吸引力を有するは、器に水を盛りて、小さき旋渦を生ぜしめて試験するときは、明白なり。」
 右の文章はエンサイクロペヂア・ブリタンニカに出てゐる。又キルヘルその他の学者は、マルストロオムの中心に穴があつて、その穴は全地球を貫いてゐて、反対の側の穴は、どこか遠い世界の部分にあいてゐるだらうといふのである。或る学者はその穴がボスニア湾だとはつきり云つてゐる。
 これは少し子供らしい想像であるが、実況を見たとき僕には却てこの想像が尤もらしく思はれた。僕は連の男にこの考を話して見た所が、意外にもその男はかう云つた。成程諾威では一
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