なつごろも》の肩にたをたをとかかりたり。岸に立ちたるは、実に侍医グッデンを引つれて、散歩に出でたる国王なりき。あやしき幻の形を見る如く、王は恍惚《こうこつ》として少女の姿を見てありしが、忽《たちまち》一声「マリイ」と叫び、持ちたる傘投棄てて、岸の浅瀬をわたり来ぬ。少女は「あ」と叫びつつ、そのまま気を喪《うしな》ひて、巨勢が扶《たす》くる手のまだ及ばぬ間《ま》に僵《たお》れしが、傾く舟の一揺りゆらるると共に、うつ伏《ぶせ》になりて水に墜《お》ちぬ。湖水はこの処にて、次第々々に深くなりて、勾配《こうばい》ゆるやかなりければ、舟の停《とど》まりしあたりも、水は五尺に足らざるべし。されど岸辺の砂は、やうやう粘土まじりの泥となりたるに、王の足は深く陥《おち》いりて、あがき自由ならず。その隙《ひま》に随《したが》ひたりし翁は、これも傘投捨てて追ひすがり、老いても力や衰へざりけむ、水を蹴《けり》て二足《ふたあし》三足《みあし》、王の領首《えりくび》むづと握りて引戻さむとす。こなたは引かれじとするほどに、外套は上衣と共に翁が手に残りぬ。翁はこれをかいやり棄てて、なほも王を引寄せむとするに、王はふりかへ
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