見れば片側の軒《のき》にそひて、つた蔓《かずら》からませたる架《たな》ありて、その下《もと》なる円卓《まるづくえ》を囲みたるひと群《むれ》の客あり。こはこの「ホテル」に宿りたる人々なるべし。男女打ちまじりたる中に、先の夜「ミネルワ」にて見し人ありしかば、巨勢は往きてものいはむとせしに、少女おしとどめて。「かしこなるは、君の近づきたまふべき群にあらず。われは年若き人と二人にて来たれど、愧《は》づべきはかなたにありて、こなたにあらず。彼はわれを知りたれば、見玉へ、久しく座にえ忍びあへで隠るべし。」とばかりありて、彼《かの》美術諸生は果して起《た》ちて「ホテル」に入りぬ。少女は僕を呼びちかづけて、座敷船はまだ出づべしやと問ふに、僕は飛行く雲を指さして、この覚束《おぼつか》なきそらあひなれば、最早《もはや》出《い》でざるべしといふ。さらば車にてレオニに行かばやとて言付けぬ。
 馬車来ぬれば、二人は乗りぬ。停車場の傍《かたえ》より、東の岸辺を奔《はし》らす。この時アルペンおろしさと吹来て、湖水のかたに霧立ちこめ、今出でし辺《ほとり》をふりかへり見るに、次第々々に鼠色《ねずみいろ》になりて、家の棟
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