を見つめたり。見つめらるる人は、座客《ざかく》のなめなるを厭ひてか、暫《しば》し眉根《まゆね》に皺《しわ》寄せたりしが、とばかり思ひかへししにや、僅《わずか》に笑《えみ》を帯びて、一座を見度《みわた》しぬ。
この人は今着きし汽車にて、ドレスデンより来にければ、茶店《ちゃみせ》のさまの、かしことここと殊《こと》なるに目を注ぎぬ。大理石の円卓《まるづくえ》幾つかあるに、白布《しらぬの》掛けたるは、夕餉《ゆうげ》畢りし迹《あと》をまだ片附けざるならむ。裸なる卓に倚《よ》れる客の前に据ゑたる土やきの盃《さかずき》あり。盃は円筒形《えんとうがた》にて、燗徳利《かんどくり》四つ五つも併せたる大《おおい》さなるに、弓なりのとり手つけて、金蓋《かなふた》を蝶番《ちょうつがい》に作りて覆《おお》ひたり。客なき卓に珈琲|碗《わん》置いたるを見れば、みな倒《さかしま》に伏せて、糸底《いとぞこ》の上に砂糖、幾塊《いくかたまり》か盛れる小皿載せたるもをかし。
客はみなりも言葉もさまざまなれど、髪もけづらず、服も整《ととの》へぬは一様なり。されどあながち卑しくも見えぬは、さすが芸術世界に遊べるからにやあるらむ
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