がい》に棄てると同時に、木村は何やら思い附いたという風で、独笑《ひとりわらい》をして、側の机に十冊ばかり積み上げてあるmanuscrits《マニュスクリイ》らしいものを一抱きに抱いて、それを用箪笥《ようだんす》の上に運んだ。
 それは日出新聞社から頼まれている応募脚本であった。
 日出新聞社が懸賞で脚本を募ったとき、木村は選者になった。木村は息も衝《つ》けない程用事を持っている。応募脚本を読んでいる時間はない。そんな時間を拵《こしら》えるとすれば、それは烟草休《たばこやすみ》の暇をそれに使う外はない。
 烟草休には誰《たれ》も不愉快な事をしたくはない。応募脚本なんぞには、面白いと思って読むようなものは、十読んで一つもあるかないかである。
 それを読もうと受け合ったのは、頼まれて不精々々《ふしょうぶしょう》に受け合ったのである。
 木村は日出新聞の三面で、度々悪口を書かれている。いつでも「木村先生一派の風俗壊乱」という詞が使ってある。中にも西洋の誰やらの脚本をある劇場で興行するのに、木村の訳本を使った時にこのお極《きま》りの悪口が書いてあった。それがどんな脚本かと云うと、censure《
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