を抱いているとき、卵と白墨の角を※[#「※」は「刈」の「メ」に代えて「元」、第3水準1−14−60、117‐7]《おと》したのと取り換えて置くと、やはりその白墨を抱いている。目的は余所《よそ》になって、手段だけが実行せられる。塵《ちり》を取るためとは思わずに、はたくためにはたくのである。
尤《もっと》もこの女中は、本能的掃除をしても、「舌の戦《そよ》ぎ」をしても、活溌で間に合うので、木村は満足している。舌の戦ぎというのは、ロオマンチック時代のある小説家の云った事で、女中が主人の出た迹《あと》で、近所をしゃべり廻るのを謂《い》うのである。
木村は何か読んでしまって、一寸《ちょっと》顔を蹙《しか》めた。大抵いつも新聞を置くときは、極《ごく》apathique《アパチック》な表情をするか、そうでなければ、顔を蹙めるのである。書いてあるのは毒にも薬にもならないような事であるか、そうでなければ、木村が不公平だと感ずるような事であるからである。そんなら読まなくても好さそうなものであるが、やはり読む。読んで気のない顔をしたり、一寸顔を蹙めたりして、すぐにまた晴々とした顔に戻るのである。
木村は
前へ
次へ
全25ページ中4ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
森 鴎外 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング