。課長の出勤するまでには四十分あるのである。
木村は高い山の一番上の書類を広げて、読んで見ては、小さい紙切れに糊板《のりいた》の上の糊を附けて張って、それに何やら書き入れている。紙切れは幾枚かを紙撚《こより》で繋《つな》いで、机の横側に掛けてあるのである。役所ではこれを附箋と云っている。
木村はゆっくり構えて、絶えずこつこつと為事をしている。その間顔は始終晴々としている。こういう時の木村の心持は一寸説明しにくい。この男は何をするにも子供の遊んでいるような気になってしている。同じ「遊び」にも面白いのもあれば、詰まらないのもある。こんな為事はその詰まらない遊びのように思っている分である。役所の為事は笑談《じょうだん》ではない。政府の大機関の一小歯輪となって、自分も廻転しているのだということは、はっきり自覚している。自覚していて、それを遣っている心持が遊びのようなのである。顔の晴々としているのは、この心持が現れているのである。
為事が一つ片附くと、朝日を一本飲む。こんな時は木村の空想も悪戯《いたずら》をし出す事がある。分業というものも、貧乏|籤《くじ》を引いたもののためには、随分詰まら
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