が経過していた。あの年の夏に勃発した蘆溝橋事件が意外な発展をとげて、いまや日支両国は全面的な戦争状態にまで捲きこまれてしまっていたのである。
無論のことわが軍の連戦連捷、そして敵都南京が陥落して間もなくのある日であったが、背広服にオーバーの襟をふかく立てて自転車をF町の方へ走らせているのは、わが田辺定雄であった。――ついでに述べておくが、彼はかくて噂どおり選挙違犯の嫌疑で取調べを受けたのであったが、それは妻が瘤神社へ日参したお蔭で、何事もなく済んだのである。止むをえなかった。田辺定雄は節を曲げて村長のところへお礼に出かけた。すると村長は先日とは打って変って、「いや、なアに、何でもないことだ。俺も自分の村から罪人は出したくないからな……」とからからと笑っていた。
「ついでに、君――」と村長はしばらく下《くだ》らない雑談をやらかしたあとで、「今日、忙しいかな――別に用事がなかったら、県の社会課へちょっと行ってもらいたいんだが。」
そんなことで、以後、ちょいちょい他の村議諸君と同様、瘤のところへ出入しなければならぬ仕儀になってしまい、それからまた、組合や銀行や、池屋の方なども、瘤の口きき
前へ
次へ
全44ページ中41ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
犬田 卯 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング