で片がついたような次第――ところでその日も、相変らず瘤の代理で、こんどF町に出来た軍需工場の落成祝いに招かれて行くところだったのである。
 陽脚《ひあし》の早い冬のことで、いつかあたりはもう薄ら暗く、街道を通る人も稀であった。田辺は宴果ててからの二次会のことなど早くも空想に描きながら、その頃流行してきた「上海小唄」を口笛で得々とやっていた。
「畜生、あいつ奴、意地のやける畜生だな」彼は口に出して言った。恐らく二業地の何とかいう妓のことでもあったろう。
 それはとにかく、一方、田辺の家の下男の助次郎が、ちょうどその時刻に、煙草を買うために、部落の端《はず》れの、沼岸に添った商い店の障子をあけて中へ入ると、
「いよう、あんちゃん――」と言葉をかけられた。見るとそれは同じ部落の、あの髯もじゃの森平で、森平はその日一日、馬車をひいていくらかの賃銀にありつけたらしく、いい気持でコップ酒をひっかけていたのである。
「どうだい、一杯――」と森平は重ねていって笑いかけた。
「ひゃア……酒ときては、はア匂いでもかなわねえ。」
「ダンボ(旦那)は何だい、今夜ら……町の方さ大急ぎで出かけてゆくようだっけが。
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