俺の信用というものが……。むしろ瘤と一戦を交えたことによって――彼はあれをきっかけにあくまでやる覚悟をきめていたのである。――村民の信望をかち得たはずの俺ではなかったのか。
 しかるに……考えると頭が痛かった。二日も三日も、彼は一室にこもったきりで、財産目録を傍に、切り抜け策をとうとうはじめなければならなかったのである。
「あんた、お巡りさんよ。」
 妻の心配そうな顔が、障子をあけて……。それはもはやどうにも対策が考えつかず、いっさいを投げ出して再び満鮮地方へでも出かけようかと捨鉢な気持さえ起りかねない矢先だった。
「なんでしょうね、あんた……」と妻は心配そうに重ねていっている。
「何かな、別に、俺、ケイサツに用のあるはずもねえが……」
「今日《こんち》は……田辺さん――」と巡査の呼びたてる声。
「あい、何か用か……」
 出て行くと、村の巡査は、ばか丁寧に、少し世間話をやってから、
「いや、お忙しいところを……」
と言って、そして紙片を出し、田辺へ突き出して、
「なアに、何でもないでしょう。ちょっと訊ねたいことがあるとか言ってたようでしたから、たぶんそれでしょう」と説明した。
「ふう…
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