るのか。
「何か用事かい、石村さん」と田辺は我慢しきれなくなって訊ねた。
 すると藤作老は煙管をとんとん木株に叩きつけ、
「うむ、大して用でもねえけんど、これ……」といって懐中から一通の書付を出した。
 組合から、年度替りだとの理由で、親父の代にこしらえた借金、元利合計二千百三十円なにがしというものの催告である。
 何が故の、急速な、思いもかけぬこの催告か――口をあけて首をひねりながら眺めている田辺定雄へ向って、
「では、よろしく、頼みますよ。」
 浴びせかけて、藤作老はすたこらと歩き出した。
「まず、ちょっと待ってくれ。」
「何か用かな。」
「これは……と、あれ[#「あれ」に傍点]だあるめえな、俺ンとこ……いや、借りのあるもの全部へも、やはり同じように催告が行ってるのかな。」
「さア、どうかな。そいつは、俺には……」
「だって君は、事務やっていて……」
「事務は事務でも、俺のような下ッ端のものには……まア、おかせぎ。」
 ひょかひょかと行ってしまった。
「無茶だ」と田辺はつぶやいた。「畜生、なんだと、期日までに返済なき場合は、止むを得ず……強制……執行する場合もあるべく……だって……
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