だろうと思って自分も意気込んでやって来たにも拘らず、依然として時間をすぎても誰もやって来るものもなく、事務室の方で、若い書記の一人が、しきりに何かの謄写刷をやっている以外、役場には誰一人いないといっていいような有様。
「どうしやがったんだい、みんな。」
 剛張《こわば》った両腕をぶん廻しながら事務室へ行ってのぞき込むと、書記は面倒くさそうに刷り上った幾枚もの紙を揃えて、さらに何かペンで数字を訂正している。
「何だか、それ――」
 ふふん……と笑っているのを取り上げて見ると、何とそれは、今日討議さるべき予算案ではないか。
「ほう……どれ、揃ったら一部見せろ。――早くみんな来ねえかな。重大な今日の会議をいったい何と思っているのかな。」
「昨夜、みんな遅かったようだから、今日はどうかな――」
 書記は相変らずにやにや笑っている。
「昨夜……? 昨夜、連中、何かあったのか。」
「瘤の家で……みんなで大体、これ下ごしらえしたんだ、下ごしらえといっても、もうこれで決ったようなもんだっぺ……」
「へえ……」と田辺は眼を剥《む》いた。むかむかと横腹のところがもり上った。
 そこへ自分と同じくこんど上っ
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