かけなくちゃならん……」
 そして時計を見た。
「なんだね、今日は……」
「例の、それ、陳情さ――また、畜生、東京行だ。毎日々々、いやんなっちまう。」
 のっしのっしと瘤をゆさぶって村長は出かけてしまった。J沿線の町村長がこの地方の中心小都市M市までの鉄道の電化を運動していたのは一昨年からのことで、それがようやく実現しそうな気運になっていたのである。
「陳情づら[#「づら」に傍点]だねえからな」とひとりの村議が役場の門を出てゆく村長をちらり[#「ちらり」に傍点]と見ると笑った。
「でも、あの顔で陳情されたら、たいがいの大臣、次官も参っちまアべ。」
「気勢だけでか。」
「さてト、俺もそれではこれから陳情に出かけるかな、これ、顔はちっとも利かねえが。」
「俺も陳情だ――催促の来ねえうちあすこ[#「あすこ」に傍点]からよ。」
 二人、三人と、みんなそれぞれ出かけてしまって、残ったものは酒をやりながら下らない雑談であり、将棋の見物である。
 二日目の村会には誰一人姿を見せず、三日目には四五人集まって、やはり、雑談と酒、それから内務省へ行って帰った村長から、陳情団員の笑話など聞かされてそれでお終
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