一方においては「喰われる」といって瘤を非難排斥しながら、一方において、大もの[#「大もの」に傍点]、名村長として頼る一部村民の気持というものが、ここにおいて解決せられるわけである。番犬としてたよりながらも、その奥底では始末にいかない村のこぶ[#「こぶ」に傍点]として嫌悪しているのが結局のところ本当なのだ。裸になるつもりでみんながやれば訳はなかったのである。
それにあの森平のような貧乏人たちは、全部、村をあげて、番犬の必要なんて余りないのだから、俺の味方に立って、俺が瘤と一戦を交える場合は、いっしょにやってくれなければならぬ訳でもある。――要するに、こぶ[#「こぶ」に傍点]なんかにびた[#「びた」に傍点]一文だって「喰われ」ようとする馬鹿はないのだ。ただ、しからばそれをどうしようという勇気がないだけなんだ。意気地がないだけなんだ。
待望の予算会議がやって来た。それは霙の降るいやに寒い日で、田辺定雄は外套の襟をふかく立て、定刻に役場の門をくぐったのであったが、少なくとも何の議案もない平常と違って、今日は最も重大な村の経済問題の討議される日であった。他の議員たちも緊張して早く顔を見せるだろうと思って自分も意気込んでやって来たにも拘らず、依然として時間をすぎても誰もやって来るものもなく、事務室の方で、若い書記の一人が、しきりに何かの謄写刷をやっている以外、役場には誰一人いないといっていいような有様。
「どうしやがったんだい、みんな。」
剛張《こわば》った両腕をぶん廻しながら事務室へ行ってのぞき込むと、書記は面倒くさそうに刷り上った幾枚もの紙を揃えて、さらに何かペンで数字を訂正している。
「何だか、それ――」
ふふん……と笑っているのを取り上げて見ると、何とそれは、今日討議さるべき予算案ではないか。
「ほう……どれ、揃ったら一部見せろ。――早くみんな来ねえかな。重大な今日の会議をいったい何と思っているのかな。」
「昨夜、みんな遅かったようだから、今日はどうかな――」
書記は相変らずにやにや笑っている。
「昨夜……? 昨夜、連中、何かあったのか。」
「瘤の家で……みんなで大体、これ下ごしらえしたんだ、下ごしらえといっても、もうこれで決ったようなもんだっぺ……」
「へえ……」と田辺は眼を剥《む》いた。むかむかと横腹のところがもり上った。
そこへ自分と同じくこんど上った新米議員の半田房之助がのこのこやって来た。炉の前へ近づくのを待ちかねて、
「おい、君は何かい、昨夜か、一昨夜か知らねえが、こぶ[#「こぶ」に傍点]の家へ集まったか。」
「ひまち[#「ひまち」に傍点]にか――」
「何か知らねえが、予算会議はこぶ[#「こぶ」に傍点]の私邸[#「私邸」に傍点]であったらしい。」
「へえ、俺は知らんね。日まちにちょっと顔を出したが、――沢屋がわざわざ招びに来たもんだから……」
「へえ、沢屋の野郎が、招びに……」
「君のところへは。」
「来たっけが、別に招ばなかったな。」
「いや、あれが、つまり、その……らしい。」
「畜生、ひとを馬鹿にしてらア――」
ようやくのことで――もう昼近い――二三の村議連がやって来たので、それ以上、田辺は言わなかったが、心の中では、……
そしてやがて瘤もやって来た。が、田辺や半田には眼もくれず、「謄写は出来たか。……ああ、そう、では、慎重に、研究しておいてくれ、俺はもう出かけなくちゃア……」
田辺はぐいと村長をにらんで、
「村長、今日も、またお出かけですか。」
「ああ、重大な用事があって……いや、どうも身体が二つあっても足りはせん。」
「予算の討議は――」
「明日にでもやろう。」
ぐん[#「ぐん」に傍点]と突っぱねて、肩で事務室への扉をあけ、のっしのっしと出てしまった。
田辺はますます焦れたが、取りつく島はなかった。他の村議たちは、こぶがいなくなると、もう小使に酒を出させて、例のごとくちびりちびり……である。
六
さて、翌くる日、割合に早くやって来た瘤は自派の村議と村長室で何かひそひそやっていたが、やがて、「今日は会議室でやっぺ、みんな、どうだ、そろそろ……」と言いながら、自分から先に立って二階へあがって行った。
それが何となく仰々しかったが、田辺定雄は少しも意外ではなかったのである。何となれば彼はうかうかしていると何らの発言する機会も与えられず、肝心の予算案を、そのまま通されてしまうらしい気配を感じて(しかも、聞けばそういうのが例年のやり方だったともいう)そこで彼は本式に質問し、修正を申込みたいことを助役へ申出ておいたのである。
席につくと村長は大きな瘤をさらに大きく張ってどかりと正面の椅子につき、「にが虫をかみつぶしたような」という形容詞があるが、それがそっくり当てはまるような面構
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