しめる。
 ばかりでなく瘤派の連中は、何かは知らぬが始終飲食店で会合したり、でなければこそこそと瘤の家へまかり[#「まかり」に傍点]出て夜半まで過すというようなことをやらかしているらしかった。
 田辺は無論いまだそういうのが実は本当の村会であって、月一回きめられた日に役場へ会合するのなど、単にそれは日当の手前、ちょいと顔を出す程度のことにしかすぎない……などとは知らなかったのである。
 だから、彼はいよいよ次年度の予算案が討議されるという月の村会日の二三日前、ぶらりと沢屋米穀商が肥料売込みの風をしてやって来て、つぎのように誘いをかけたことも真意が解けずにしまったのだ。
「瘤のとこで今夜『お日まち』があるんだ。」「お日まち」というのは何か起源やいわれは分らないが、親しい同志が寄って一杯飲むことで通っている。
「どうだい、顔を出したら……」と沢屋は禿げ上った額をつるりと撫でるようにしてソフト帽をかぶり自転車に片脚をかけて、「みんな来るはずになっているんだが、あんたもひとつ……」
「そうよな、でも、どうせ、俺なんか酒はあんまりやらんし、瘤のエロ話も若干ぞっとせんからな。」
「ぞっとするようなことも若干いうんだよ、あれで……」
 あははは、と高笑いして沢屋はそのまま行ってしまったが、それがあとで考えると。……
 田辺は村社の境内がどうとか、学校の新築がどうとかいうことより、根本の村政改革問題はこの予算の徹底的な検討と再編、いや出来る限りの削減、そして徒らに村吏員や村議が日当ばかり取ることを止めてしまって、それだけ村民の負担を軽くするにあると考えていた。で、彼は今度の会こそ、自分の本分をつくすべき機会であり、それこそまかり間違えば瘤と一戦を交える覚悟をきめてかかっていたのだ。
 役場から古い書類の綴を引っ張り出して来て、彼は前年度、前々年度の予算表や、それに対照する収支決算報告書を丹念にしらべにかかった。
 歳入出計二七・六三九、及び二七・八七七、両年度とも大差なく、そして見事に収支を合せてはいるが、ちょっと気をつけて見ると、会議費二一一、および二三〇とか、基本財産造成費五八一――五九八、雑支出というのが二七九――三〇一とか、その他伝染病予防費というのや、衛生諸費、汚物掃除費というのや、明らかに重複しているばかりかどんな風にでも小手先で流用し得るような支出が多く、また、いったい会議費というのはどんな細目のものだろうと見ると、筆墨、薪炭、用紙、茶、雑などというもので、それは他の項の雑支出と大して違わない細目である。それからまた「臨時支出」という項が別にあって、そこにも雑支出や、統計費などというものが挙げてあり、ここでもダブっている。村会の時いつもがぶがぶみんながひっかけている酒、あれは、それではどこから出るというのであろうか。まさか、役場費からでもあるまいと思って睨むと、やはりそうではない。役場費の八・一〇三という数字は吏員の給料や臨時手当である。
「馬鹿野郎」と田辺定雄はつぶやいた。要するに報告などというものは、形式的な、いい加減なものにすぎないので、それは何も村役場のそれにのみ限ったわけではなかったのだ。からくり[#「からくり」に傍点]はもっと内部にある。そいつを俺はしっかりと掴まなければいかんのだ。そうしなければ瘤をやっつけるわけにはゆかんのだ。
 ところで……と田辺は書類を傍へ押しやり、机へ頬杖ついて考える。瘤をたたき落すこと、そいつはひとまず問題ないと仮定して(何故なら奴の缺点なんか掴もうと思えば歳入出面とは限らず、いくらでも転っていようし、奴に反感をいだいている助役の手許にだって山ほど集まっていよう)、ただそのために例の奴を番犬の如くに考えて頼っている一部の連中、信用組合員や農会の連中、あいつらが何というかだ。――瘤がかつて村の金庫を腕力で護ったと同じように、現在、彼らは自分達の金庫を名村長瘤の存在によって守ってもらっていると信じているんだ。
 だが、いかに瘤の存在によってそれが守られていようと、要するに時日の問題でなければなるまい。無力文盲に近い貧農たちの無けなしの土地を整理して、上部の方を辻褄合せようと、組合の内部は依然として火の車なのであり、いや、ますますそれが悪化していっているのだ。碌な事業はせぬ、それで取るべき給料はきちんきちんと取っている、では……三年か五年か、それは分らないが、いずれにしても瘤にも寿命というものはあろう、いや、名村長、大もの[#「大もの」に傍点]の貫禄はいまや年一年減少しつつあると考えてもあえて間違いではないであろう。
 根こそぎ町の金持のところへこの村が持って行かれるなら、一日も早く、きれいさっぱりと持ち去られた方がよくはないのか。そして何もかも新しく、これからやり直すのだ。村を再建するんだ。

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