かけなくちゃならん……」
 そして時計を見た。
「なんだね、今日は……」
「例の、それ、陳情さ――また、畜生、東京行だ。毎日々々、いやんなっちまう。」
 のっしのっしと瘤をゆさぶって村長は出かけてしまった。J沿線の町村長がこの地方の中心小都市M市までの鉄道の電化を運動していたのは一昨年からのことで、それがようやく実現しそうな気運になっていたのである。
「陳情づら[#「づら」に傍点]だねえからな」とひとりの村議が役場の門を出てゆく村長をちらり[#「ちらり」に傍点]と見ると笑った。
「でも、あの顔で陳情されたら、たいがいの大臣、次官も参っちまアべ。」
「気勢だけでか。」
「さてト、俺もそれではこれから陳情に出かけるかな、これ、顔はちっとも利かねえが。」
「俺も陳情だ――催促の来ねえうちあすこ[#「あすこ」に傍点]からよ。」
 二人、三人と、みんなそれぞれ出かけてしまって、残ったものは酒をやりながら下らない雑談であり、将棋の見物である。
 二日目の村会には誰一人姿を見せず、三日目には四五人集まって、やはり、雑談と酒、それから内務省へ行って帰った村長から、陳情団員の笑話など聞かされてそれでお終いであった。議事といえば村社修復後の跡始末――木材や竹切がまだ残っている、あいつを早く片付けさせること、社前の水はき[#「はき」に傍点]をよくしなくては参詣者が雨降り毎に難儀する……というようなことが助役の口から出て、異議なし、異議なし。……それだけであった。

     五

 つぎの月の村会も大同小異で、なんら議題というほどのことはなく、雑談と茶碗酒にすぎてしまった。そして、しかもそれだけのことで、一日二円の日当――三日間で六円になるのだから「偉い」ものであった。いや、偉いものといえば、他の村会議員――瘤派の連中は何々委員とか、何々調査員とかいう役目をかねていて、三日にあげずにその辺をうろつき廻り(たとえばどこの田圃の石橋はどうなっているとか、伝染病の予防施設がどうとか、そんなちょっとした通りがかりにも調べられるようなことを業々しく見て廻って)、それでやはり日当を取るし、とうぜん、村長の出なければならぬ席上へ代理に出ても日当(村長は他へ出張。)こういうことのほか、役場員自身がまた、社寺、土木、衛生、税務……などそれぞれ自分の分担事務の名目において他村へ「調査」などに出かけ、旅費をせ
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