とうとうその日の昼休みに、
「これが最後だ。組合へ行って見て、今日中に来ねえとすれば、俺も素田植えだ。畜生、こんな思いするのは生涯になかったことだ」とぷりぷり言っているとこへ、おさよが丘の坂を下りてこっちへ駈けて来る。今日も学校を休んで留守居かたがたおさよは末子のヨシを守していたのであった。
「なんだ、さア子――」といち早く見つけたおせきが声をかけた。
「肥料でも来たかな」と浩平も起ち上った。
 だが、おさよの持って来た報告は、そんな耳寄りのことではなかった。
「おっ母、ヨチ子、腹痛えって泣いていっと」とおさよは、はあはあ息をきらしながら、遠くから叫んだ。
「腹が痛えって、何時から――」
 おさよが近づいて説明するには、その朝言いつけられたとおり、まだ扱《こ》かない小麦の束を庭へひろげて乾していると、おちえと二人で小麦束の中へ入って歌などうたっていたが、急に黙ってしまって、縁側へ戻るなりそこへ突っ伏して、しくしく泣きだした。何だ、なんで泣くんだ、おっちにどうかされたのかと聞くと、かぶりを振って、ぽんぽが痛えんだという。手水《ちょうず》に行きたいんではないかと訊くと、いやいやする。じゃ、
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