、早く、お医者さん頼んで来なくてや……」
 そこでおせきもびっくりして、おさよを呼んだ。と、横あいから「俺行ってくる」と叫んで飛び出したのは勝であった。彼は母親のかえったのを幸い、自分もこっそり仕事を放ったらかして家へ戻っていたのだが、今まで、叱られると思って、納屋の方にかくれていたのである。
「あれ、この野郎、いつの間にかえった。」おせきは顔を尖らしたが、叱りつけている暇はなかった。「汝《いし》らに分るか、この薄馬鹿野郎。――さア子、早く、裏の家の自転車でも借りて行って来う。」
 庭先に干した小麦束を片づけていたおさよは、言われるなり裏の家へ行って、軒下に乗りすててあった自転車をひっぱり出した。が、大人乗りのその自転車はサドルが高くて足が届かなかった。彼女はまるで曲乗りのような具合に、横の方から片脚を差入れ、右足だけでペダルを踏み、それでも危なげなく吹っとばして行った。
 村の医者は往診から帰ったところで、そのまま早速自転車で来てくれた。そして注射を一本打っておいて、それから腹部のものを排渫させると、ヨシ子は呼吸を回復し、少しく元気づいてきた。
「危なかった、生漬の梅だの、腐れかけた
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