があるんだか、化成か魚糟か大豆か……」
「化成は切れっちまったが、魚糟配合があるんだ。」
「それは……山十か。誰が一体、持っているんだ。」
「君、そんなことはどうでもいい。俺と君との間の商取引だねえか。肥料は俺が持っているのさ――ひとのものなんか君、泥棒じゃあるめえし。」
「うむ、とにかく現物さえあるんなら、何も問題ではねえが……で、一叺いくらなんだ。」
「公定価額だよ」と唇を突出して言いながら、塚屋は懐中から小さい算盤を出して斜めにかざし、得意そうにぱちぱちと珠を入れた。
「そんな公定あるもんかい。」
浩平はおっかぶせるように叫んで塚屋をにらみ、それから、ぷいとそっぽを向く。
「無えことあるもんか。どこさ行ったってこれ[#「これ」に傍点]だ。これ[#「これ」に傍点]でなかったら、こんどは見ろ、組合からだって手に入らねえから。」
いやなら止すと言わぬばかりである。
「うむ――」と浩平は今は折れるしかなかった。「それで……何叺あるんだか。」
「君は何叺要るんだか、それによって俺の方はいくらでも都合する。」
「俺は、まア、差しあたり二十もあれば……」
「二十か、よし、都合つける。――明日でよかっぺ。」
「それはいいが、……しかし、その値段は、少し、どうかなんねえかい。」
「公定だよ、君、これを破れば、俺はやみ[#「やみ」に傍点]であげられるんだぜ。」
「そんな、それは君だけの公定だっぺ。」
「そんなこと言うんなら、俺ら止めた。――破談だ。村中のものがほしがって、はア、金つん出して待っている者さえあるんだ。君にやらなくたっていくらでも売れるんだから――いい具合に君とここで逢ったもんだから、俺、話したばかりなんだ。」
塚屋は小さい算盤を再び懐中《ふところ》して、馴れた手つきでハンドルを握った。一刻を争う……といったような面持で、「それじゃ、まア、せっかくおかせぎ――」
四
田圃へかえると、由次が一人で泥上げをしていた。陽はいつか傾いてしまって、掘割を隔てた真向いの丘のかげが濃く沼岸の方へ伸びている。由次は鋤簾は重そうに投げ込み、肩に力を入れて掬うのであるが、思うように泥に喰いこまず、半分も泥は上らなかった。
「はア、泥無くなってしまって駄目だ」と由次は父親を見ると言訳《いいわけ》のように呟いた。
「おっ母と、勝は?」浩平は無意識のように訊ねた。彼の頭の中は、今の今、塚屋とやって来た取引談のことで暴風のような状態だったのだ。――公定だなんて、野郎。あらかた倍でもきくめえ。あんなもの誰が、それでは――って買えるけえ。阿呆にも程度ちうものがあらア。――だが、一方ではそれを打ち消して、しかし、反七俵に廻ってくれるようだと、なアに、あれを買ったって損はねえ。第一、元肥を打って植えるその気持だからな、そいつが千両したって買える品物じゃねえんだから……
由次が何か答えたようであったが耳に入らず、浩平は投げ出してあった自分の鋤簾をつかみ、器械的にそれを掘割へ投げこんだ。
さて、その頃、ヨシ子の容態が急に悪いといって、おせきは再びおさよから迎えを受け、家へとんでかえって、あれこれと気も転倒し、てんてこ[#「てんてこ」に傍点]舞いを演じていた。ヨシ子は今にも眼の玉を引っくりかえしてしまいそうなどろんこの眼をして、もはや痛みを訴える力もなく、うつらうつらと、高熱の中に、四肢をぴくつかせていた。腹部を見ると、まるで死んだ蛙のようにぷくらんと膨れ上り、指先で押しても凹まないくらいだった。
「おやまア、どうしたんだや、ヨチ子――」
おせきは初めのうち茫然として、そこに立ちつくしていた。こんな状態とは少しも考えなかったのだ。
近所へ家を借りて別居している母のお常が、野良支度ではあったが、いつものように身綺麗な、五十を半ば過ぎているにも拘らず、まだ四十台の女のような姿態《なり》で、ヨシ子の頭部を冷やしていた。ヒマシ油か何かを飲ませようと骨折ったような形跡もあった。
おせきは次の瞬間、自分を取りかえして、その母親の、いつものような姿態を見ると、むらむらと腹が立った。
「なんだか、おっ母さんら――」とおせきは突慳貪《つっけんどん》に叫んで、ヨシ子の枕頭からその見るに堪えないものを追いのけるように、自分の身体をぐいと持って行った。
「なんだかではあるめえ、痛がって騒いでいるの見て黙っていられっか。」
お常はそれでも娘に遠慮して――そうしなければいられないものを彼女は持っていた――一歩そこから膝で後退した。
「いいから、おっ母さんに構ってもらいたくねえから、はア、帰ってくろ。」
「言われなくたって帰っけんどな。」そう押しかぶせて、「おせきら、俺にいつまでそんなつんつんした口きいていんだ、ようく考えてしねえと、はア、損だっぺで。」
「損でも得
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