中は、今の今、塚屋とやって来た取引談のことで暴風のような状態だったのだ。――公定だなんて、野郎。あらかた倍でもきくめえ。あんなもの誰が、それでは――って買えるけえ。阿呆にも程度ちうものがあらア。――だが、一方ではそれを打ち消して、しかし、反七俵に廻ってくれるようだと、なアに、あれを買ったって損はねえ。第一、元肥を打って植えるその気持だからな、そいつが千両したって買える品物じゃねえんだから……
由次が何か答えたようであったが耳に入らず、浩平は投げ出してあった自分の鋤簾をつかみ、器械的にそれを掘割へ投げこんだ。
さて、その頃、ヨシ子の容態が急に悪いといって、おせきは再びおさよから迎えを受け、家へとんでかえって、あれこれと気も転倒し、てんてこ[#「てんてこ」に傍点]舞いを演じていた。ヨシ子は今にも眼の玉を引っくりかえしてしまいそうなどろんこの眼をして、もはや痛みを訴える力もなく、うつらうつらと、高熱の中に、四肢をぴくつかせていた。腹部を見ると、まるで死んだ蛙のようにぷくらんと膨れ上り、指先で押しても凹まないくらいだった。
「おやまア、どうしたんだや、ヨチ子――」
おせきは初めのうち茫然として、そこに立ちつくしていた。こんな状態とは少しも考えなかったのだ。
近所へ家を借りて別居している母のお常が、野良支度ではあったが、いつものように身綺麗な、五十を半ば過ぎているにも拘らず、まだ四十台の女のような姿態《なり》で、ヨシ子の頭部を冷やしていた。ヒマシ油か何かを飲ませようと骨折ったような形跡もあった。
おせきは次の瞬間、自分を取りかえして、その母親の、いつものような姿態を見ると、むらむらと腹が立った。
「なんだか、おっ母さんら――」とおせきは突慳貪《つっけんどん》に叫んで、ヨシ子の枕頭からその見るに堪えないものを追いのけるように、自分の身体をぐいと持って行った。
「なんだかではあるめえ、痛がって騒いでいるの見て黙っていられっか。」
お常はそれでも娘に遠慮して――そうしなければいられないものを彼女は持っていた――一歩そこから膝で後退した。
「いいから、おっ母さんに構ってもらいたくねえから、はア、帰ってくろ。」
「言われなくたって帰っけんどな。」そう押しかぶせて、「おせきら、俺にいつまでそんなつんつんした口きいていんだ、ようく考えてしねえと、はア、損だっぺで。」
「損でも得
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