は、すでにその方面から若干のものを手に入れて、どしどしと田を植えているのである。
「畜生――」と彼は思わずひとり言をかっとばした。「そんな大べら棒ってどこにある。」
「いよう、なんだや、今頃――」
 ひょいと横あいから自転車を飛ばして知合いの男が姿を現した。
「おう、君か――君こそ何だい今頃。」
「俺か――俺は商売さ。」
 ひらりと自転車を下りたその中年の男――選挙ブローカーもやれば、墓碑の下文字も書く、蚕種、桑葉、繭の仲買いもやれば、雑穀屋の真似もやると言ったような存在――俗称「塚屋」で通っているこの五尺足らずの顔面ばかりが馬鹿に大きく、両眼はあるか無きかの一線にすぎない畸形児風の男は、浩平をまともに見て、にやりと笑った。そして口ばやに、
「組合さお百度踏んでも肥料は来めえ。」
「組合長が県や政府や会社へお百度踏んでも駄目だっちだから、こちとら[#「こちとら」に傍点]がいくら、それ……」
「へへえ……」と塚屋は唇をひん曲げた。「組合長ら何処さお百度踏んだのかよ。今頃はエネルギー絞り上げられっちまって、死んだように寝てべえ。ホルモン注射でもしてやらなけりゃ、肥料も来めえで。」
 そう吐き出してから、「時に――」と塚屋は調子を改めた。「どうだや、旦那ら、はア、田植えっちまったのかい。」
「田か――田なんか俺ら植えねえつもりだ。今年は、はア、草っ葉に一任と決めた。」
「でも、それでは『増産』という政府の命令にふれべえ。」
「仕方ねえな。これ……」
「少し位なら、俺、都合つけるぜ。実はこないだからその方で、こうして歩いてるんだ。俺のような始末の悪いとんぴくれん[#「とんぴくれん」に傍点]でも、これで非常時となりゃ、いくらかまさか国家のお役に立たなくちゃア、なア。」
 そう言って塚屋は、悠々とポケットから巻煙草などをつまみ出し、一本どうだ、とばかり黙って浩平の眼の前へ袋ごと突き出した。
 浩平は「暁」を一本つまみ、
「やみ[#「やみ」に傍点]やって国家のためもあんめえ。」
 ははあ……と哄笑した。
「やみ[#「やみ」に傍点]なもんか。公定[#「公定」に傍点]で俺らやるんだ。」
「だって君、公定の配給肥料は産組でしか……」
「それはこの村での話、政府の方針としては産組に半々位に分けて配給させる方針でやっているんだぜ。」
「そうかな。……それはまア、どうでもいいが、早いとこ、何
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