とにかく、気狂いかね。」
「いや、気は人並み以上に確かですよ。議論をはじめたとなると滔々として政治問題、社会問題、人生問題、なんでもやるんですからね。」
友人の話を総合すると、数年前妻に死なれてから、彼のそうした新生活がはじまったとのことだった。婿であった彼は、それまでは人一倍の働き手だったし、真面目一方の若者だった。
それで解る。彼はこの社会に絶望したのだ。そしてそれっきりになってしまったのだ。が、それはとにかく、このニヒリスト先生、つい過日のこと、のこのこと万年床から這い出して、草蓬々の自分の畑をうなったそうである。
「何か蒔くつもりでしょうよ。籾俵を食いつくしてしまったんですね、きっと。子供らのように、まさか、手あたり次第、ひとのものを取るわけにも行かないでしょうからね。」
「ニヒリズムの破産ですかね。」
伝統拒否者
彼女は呉服ものの行商を営んでいた。家にいることはめったになかった。一週間も旅先から帰らなかった。稀にかえって来ると、彼女は屋敷の殆んど半ばを占める野菜畑へ出て雑草をむしったり、季節々々のものを蒔いたりした。
彼女はまだ若々しかった。時に行商から
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