小川先生を訪問すると聞いてびっくりしてしまい、「ちょっと待て!」をやったあとだった。とにかく本当に伊田見男爵の令嗣だというあかしを見てから紹介するならした方がよかろうと、M教師と同道でことわったのである。で、Kにも言った。「眉つばものだぜ。」が、Kは華族の令嬢と結婚出来るものと信じて疑わない。
 男爵は、その時、では「証明」を手に入れてくると言って、急遽東京へ立ったのであった。そして二日して、戸籍謄本と××子爵の堂々たる紹介状とを持って、また村へやって来た。が、M教師とS画家とはまだ信用するまでには行けなかった。
「おい、二人でこっそり調べて来ようじゃないか」とM教師はいうのであった。
 そこで二人はご苦労さまにも東京へ出発したのである。と、それと気づいた男爵は、ふいといなくなった。夕方、東京から、ニセだから捕えろ! という電報が村の巡査へ来たとき、彼はもはや消えていたのである。が、あとで捕まった。男爵閣下は茨城北部のある町の床屋さんであった。道理で汚ない風姿はしていても、いつも髪だけはきれいに撫でつけていた。

     虚脱人

 彼の田地は「茅山《かややま》」――草葺屋根の材料に
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