あったのである。
卓を囲んで、女給が、どうぞお一つ……と来てからややあって、男爵はKの耳に顔を寄せていうのであった。
「実はね、僕は君のような真面目な、日本精神を体得した青年を探していたんだ。で、これはまアさきの話であるが、いや、現在でも決して差支えないんだ……ね、僕の縁者に一人の、まア、いわば僕の妹のようなやつがいるんだ。君、そいつと結婚してやってくれないかね。独身で満州くんだりまで行くなんて、われわれ若き男性にとって、こいつは残酷だからな。いや妹のやつも農業が好きで、上流社会や華族社会は嫌いだというのだ。」
「大して美人というわけでもないがね……」と言いながら、男爵は、あっけらかんとしている青年の前へ、一葉の写真を出したのであった。「しかし君、この通りの純真なやつ[#「やつ」に傍点]でね。」
なるほど――いや、非常な美人である。この辺の村の土臭い娘達に比しては……
* * *
K青年は有頂天になってしまって、次の日、Sのところへ報告に立ち寄った。
「S君、俺は婚約したぞ、男爵閣下の令妹とよ。」
Sはその時、自分の従兄にあたる農会長が、男爵を連れて
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