したか? 私の耳へは、お主婦《かみ》の話の代りに、女車掌の「お待ちどう様でした。××行きでございます……」

     米泥のM公

 いつ見ても腐れ切った草屋根のところどころ雨漏りのする個所へ煤けきった板など載せて、北側の荒壁は崩れるままにまかせてあるのだったが、その廃屋同様のM公の家が、どうしたのか立派(?)に修繕せられて、やや人の住居らしく往還に背を向けて立っている。M公も「堅気」になったのかしら、女房でももらって「身を固めた」のかしら、と思って聞いてみると、否、どうして、彼はまた七年半ばかり「食《くら》い込んで」、最近出かけて行ったばかりだという。
「また、米でか――」
「ンだ」といって話者は微笑した。
 M公は「米俵かつぎ」以外に、それこそ塵一本他人の物は盗ったことがないという泥的仲間の変り種なのである。一人前の体力が出来てから四十年このかた、何回彼は米をかついだろう。しかもそれがきまって二俵ずつ、貫目にして三十二貫ずつ、決して足跡も残さずにやってのけるのだから、その方にかけては、まさに「神技」を体得しているといってよかった。「今度も例の伝で、××の治兵衛どんの倉から四俵やら
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