かしたんだ」と話者はいうのであった。
「それがよ、雨上りの泥道だっけが、ンでも、どこにもそれらしい跡がねえんだちけから、全く偉いものよ。」
「しかし、よく盗まれたのだけは解ったな。」
「うむ、やはり二三日分らなかったな……」
 だが、どうも「変だ!」と家人が気づいて、積んである俵をかぞえて見ると、どうしても四俵不足している。「やられた!」いまさらのようにびっくりして、村の巡査駐在所へ自転車を飛ばした。
 するとどうだろう、その途中、××屋という白米商の軒下をふと見ると、そこにちゃんと四俵の米が積まれている。今の今、誰かが売りに来るか、買って来たかしたものに相違ない。例の虫が知らせたとでもいうか、自転車を飛び下りて俵を検分すると、たしかに自分のである。小作米として取ったその俵装には、ちゃんと生産人の名前が記入せられていたのである。
 誰から買ったのか? 今朝、M公が持って来たのだ! といったようなことで、たちまちこの泥棒事件は、頭かくして尻隠さずに終ってしまった。巡査と治兵衛がM公の家へ行くと、彼は悠然としてひとり朝飯をやっていた。久しぶりで彼は酔っぱらってさえいた。
 彼の前半生は――
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