吐き出したということであった。
「自分のことは自分でするのが本当だ。俺ら誰の世話もしたくねえ代りに、ひとの世話にもならねえで気が向いたら死ぬ。」
孤独とそして自由――それが彼女のすべての生活であった。「気が向けば」彼女は遠い山の温泉場へも行ったし、名所旧跡も訪れた。松島見物に出かけた村の人々が、塩釜の町で、ひょっこり彼女を見つけて挨拶したら、彼女はどこの誰だっけ?……といったようなとぼけた[#「とぼけた」に傍点]顔をして、返事もせずに行き過ぎたなどという話題を提供したこともあったほどである。「あの年で、ああして一人でいやがって……」などといらぬお世話を焼いたり、想像を逞しくしたりする人たちも、むろん最初はなきにしもあらずだったが、しかしそうして瓢々乎として足の向くままに、女の身で、今の文壇における誰やら女史のように、旅して歩く彼女の存在は、やがて村人のこころから離れてしまって、たまに鼠にさえ見限られた古家の雨戸を繰っている姿を見ても、単なる網膜の一刺激にも値しなくなってしまった。
二十年の月日が経過した。ある日、旅先から古い故郷の家居へたどりついた彼女は、見るかげもなく痩せ衰えて、
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