心の馬の使えない家が――当の馬奴《うまめ》は厩《うまや》の中で早く戸外へ出たくて眼色をかえ、張りきって土間を足騒いているにも拘らず、――そこにもここにも出現していた。
 栗林儀作のところも無論その中の一軒だった。儀作は雪解の泡立つ流水を落している川瀬の音に頭脳をもみくちゃにされ、青々と色づいた山々や、柔かい大空、中腹の段々畑の土がひょこり、ひょこりと真っ黒に、一日ごとに現れ出るのなどを眺めやるたびごとに眼がくらくらしてきて、ついに、口に出して言ってしまう。
「畜生、二百円が馬と転んだか――」
 覚悟はしていたものの、督促の期限がきれて執達吏から牝馬の差押《さしおさえ》を食わされたとき、彼はその結果に、いまさらびっくりせずにいられなかった。五十円の借金が十六七年もすればそれ位になるのは、前村長の言い草ではないが、まア当然……それはあえて怪しまないが、村の巡査と共にやって来た役人が、家財道具など物色したが、結局、二百円なにがしに相当するものは、厩にもそもそと藁を食っている一匹の動物しかないことを確かめて、口先で何か断りを言いながら、それに封印して去ったあと、彼は、はじめて胸が破れるほど打っ
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