ねえのか。」
 儀作ははっ[#「はっ」に傍点]と胸をつかれた。そういう前村長が何を意味するか、あまりに判然と、電撃のごとく閃いてきたからである。――村から東京方面へ娘を出かせぎに――泥水商売の女に出している家に限って租税の滞納がない。ことに三人の娘を出している家など、村の事業に相当の寄付さえ惜しまなかったというので、その家を表彰しようじゃないかと言う案を村会へ持ち出したのが、すなわちこの前村長だったのだ。

     四

 季節はあまりに早く推移するように思えてならなかった。いつか、村の前面を迂曲する谷川の氷が割れて冬中だまりとおしたせせらぎが、日一日とつぶやきを高め、ついにそれは遙かに人家の方へまで淙々のひびきを伝えて来るまでになってしまった。山々の雪が解け出したのだ。春四月にもなれば毎年きまって繰返される自然の現象ながら、村人には、その大地の底から湧き起るような遠いとどろきと雪解の黒い山肌とは、何かしらじっとしておれないどよめきを感じさせずにいなかった。
 人々は炉辺から起ち上る。そして真っ先に冬季中、山で焼かれた炭を運び出すべき時節であった。ところが今年は、その炭運びのための肝
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