部分を少し消して、あのホウは心配するな、こんど財政をやることになった古谷の若旦那どのは『東京もン』で大学教育を受けた人物であるから、物分りがいいに決まっている。というようなことを書いてそれで打ちきることにした。
二
時局の波は、この東北の山間の村々にも、ひたひたと押しよせつつあった。
幾つかの谷川がK川と名がついて、山あいの細長い耕地を流れ、それがさらにS川に合流しようという地点……M盆地の最も肥沃と称せられる一角に位置する約百二十戸ばかりの部落の、いわばこの地方の物資の小集散地であった中郷にもその波頭は用捨なくやって来て、ことにこの部落の、それこそ旧幕時代から経済の中心をなしていた古谷傅兵衛など[#「傅兵衛など」はママ]、その大きな波濤を全身で浴びて立っている一つだった。
傅兵衛の[#「傅兵衛の」はママ]店舗は、周囲五里余の山腹の村々から、海原にうかぶ一つの白い小さい島のように、不規則に散在する田んぼの中の村々の木立を越えて美しく眺められた。棟を並べた酒倉、白亜塗りの土蔵、石造のがっしりした穀倉、物置、その他雑多な建物の一方に、往還に向って構えられた大きな母家……
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