槻や欅や、裏山に繁る杉の古木に囲まれて、このM盆地の開拓者の誇りを、それは今もって十分に示しているもののようであった。
 当主傅介は[#「傅介は」はママ]東京方面で、親父とは少しく違った方面の建築材料商をはじめたとかで、これまであまり村へは姿を見せなかったのであるが、父傅兵衛の[#「傅兵衛の」はママ]他界……と言ってもこの半年以前だが、それ以来、しばしば将来を約束された少壮実業家らしいかっぷく[#「かっぷく」に傍点]で、狭い往還に自家用自動車をとばすのが見られるようになった。人の噂によると、東京での商売があまりうまくいかず、先祖代々の家業の方も、先代の放漫政策のたたりやら、この事変のための生産制限やらで、洗ってみれば殆んど何も残らず、今のうちの建て直しという意図からか、何かの軍需工業を興すについて、まずその資金の調達、すなわち貸金の取立てに着手したとのことだった。
 噂はやがて事実となって現れはじめた。祖父、曾祖父以来というような古い証文までどこからか探し出され、しかも一銭一厘の細かい計算の下に、一々しかつめらしい『××法律事務所、弁護士、法学博士、元東京地方裁判所判事、代理人、何某』
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